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利権県政の復活を許さず、
県政改革の流れを前進させるために

 2005年6月 日本共産党長野県委員会

はじめに

 2000年10月の知事選で田中知事が登場して以来、長野県政が大きく改革の方向に向かって進んできたことは、今日多くの県民が認めるところです。

 しかしいまでも、利権県政の復活を目指す勢力による県政にたいする揺さぶりの攻撃は、県議会の内外を問わず片時も止みませんし、来年の知事選挙をめざしてますます拍車がかかっています。長野市長を先頭に、浅川ダム建設をねらう人々の策動は激しく続けられていて、決してダム建設をあきらめているわけではありません。

 残念なことに、田中知事の県政運営に弱点があることも事実で、そのことにつけこんだ利権県政復活勢力の様々な県政攻撃とそれに相呼応したマスコミの一面的な報道によって、なにか「県政が混迷をしている」かのように思っている県民もいます。

 そのために田中知事にたいする一定の不信感の広がりが生まれていますが、だからと言って、県民が利権県政の復活をのぞんでいるものではありません。

 一口に県政改革と言ってもいろいろな側面があるわけですが、県政を評価する場合、長野県が県民のために実際にやっていること、つまり「行政の中身」で県民のための施策がどのように進んできているかその姿をきちんと見ることが必要です。

 田中知事は、就任直後から公約である「現場主義」を発揮して精力的に各地へ出かけ、懸案となっている公共事業を「いったん白紙にもどして見直す」という点でも、大仏ダムの中止、浅川ダムの一時中止、子ども未来センター従来計画白紙撤回、豊科産廃処分場建設の再検討などを次々に打ち出しました。

 また知事と語ろう「車座集会」や「ようこそ知事室へ」もはじまり、県民の県政にたいする関心は、かつてないものとなりました。

 県政全体は混迷しているわけでもなく、改革の流れは大きく前進してきています。

 田中知事が本格的に予算編成にたずさわった2001年度から05年度までの特徴的なものを見てみたいとおもいます。予算は政治の顔です。県議会の議論も本筋の議論として、予算こそもっと議論されるべきです。

2001年度

■ 脱ダム宣言

 2001年2月20日、田中知事は「脱ダム宣言」を発表しました。

 「よしんば、河川改修費用がダム建設より多額になろうとも、100年、200年先の我々の子孫に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい。長期的な視点に立てば、日本の背骨に位置し、あまたの水源を擁する長野県においては、できうるかぎり、コンクリートのダムを造るべきではない」

 この「宣言」は「宣言」の末尾にあるとおり「全国的規模での広汎なる論議」をおこしたことはすでに多くのみなさんのご承知のとおりです。

 日本共産党は「脱ダム宣言を歓迎する」という立場を発表し支持してきました。

■ 公共投資を生活重視へ

 田中知事は2001年度予算編成にあたっての「10のポイント」のなかで「公共事業の抜本的改革に手」をあげて、「旧来のいわゆる三公共を中心とした公共投資から、福祉・教育・環境など県民生活を重視した公共投資へと、予算の重点化を図ってまいります。

こうした中、公共事業の抜本的な見直しを行ってまいります」とのべた。

 この年公共事業総額が前年度の約一割減となりましたが生活重視の公共事業がすすみはじめました。

・ 特別養護老人ホーム八ヶ所の創設。痴呆性老人グループホーム九ヶ所の創設。

・ 障害児学校の増改設。

・ 福祉関係の公共事業が前年度比177.3%、医療関係112.6%、教育関係106.9%となり生活環境関係は194.3%と約二倍の公共事業費が増額されました。

 この時の県政に対する妨害は大変なものでした。県町村議長会長名による「公共事業促進を求める意見書」が県議会に提出され、扇国土交通大臣が、下諏訪ダムをめぐって下諏訪町長の要請に応じる異例の対応を行い、参議院国土交通委員会の席上、「(ダム以外の治水の代替案などの)メニューを出す前に中止と言ってしまえば、議会も住民も議論ができない」などと脱ダム宣言を批判しました。

 国から出向していた光家県土木部長は本会議場で知事と違う答弁を行い、旧与党会派は、公共事業の削減は不況を長引かせ、雇用不安を深刻にすると大合唱を繰り返してきました。

2002年度

 日本共産党長野県委員会と県議団は、県民の切実な願いにたって、本格的な予算要望を行いました。

 旧県政時代と違い、要望は誠実に各部局でも検討され、様々な財政的な困難はあっても県政の施策に反映されるようになりました。

・30人規模学級がスタートしました。この年の四月から小学校一年生について35人を上限とし一年生で一学級あたりの平均児童数が30人規模の学級編成ということになりました。

 長年、多くの父母・先生をはじめ県民のみなさんが「どの子にも行き届いた教育を」願い取り組んできた運動と日本共産党の調査で裏打ちされた提案によって大きく前進しました。

・障害児学校の先生を27人増員し、老朽校舎の改修、教室増設、エレベーターの設置や養護学校のスクールバスを三台ふやし、一台を更新しました。

・日本共産党県議団が長年にわたって要求し続けてきた長野市にある中央児童相談所で通年一時保護を行えるようになり、スタッフの充実がはかられました。

・子育て支援では、一歳児保育の保育士の配置を国基準(園児六名に一名)を県独自に引き上げて園児四名に一名としました。

 この年の予算を審議する二月県会では、旧与党の各派は公共事業の削減や先送りが長野県の不況の原因であると知事を攻撃しました。

 日本共産党はかねてから、福祉・教育等への投資こそ経済効果が高いことを主張してきました。

 田中知事もこれにたいして、「10億円を投資した場合、生産誘発効果は公共事業で12億5千万円、福祉では11億9千万円となるが、雇用誘発効果は公共事業98人にたいして福祉は123人となり、付加価値誘発額は公共事業6億8百万円、福祉は約7億円、教育では8億6千万円となって福祉、教育への投資のほうが経済効果は高い」ことをしめして反論しました。

 また、この年には長野県地方労働委員会に県労連出身者が選任され、数十年にわたる悪弊が正されて公正・公平な行政という点でも大きな前進がありました。

■ ダム問題を民主的に議論

 ダム復活をねらう議員提案の条例によって設置された長野県治水・利水ダム等検討委員会でしたが、宮地良彦元信州大学学長を責任者として市町村長や県議会各派の議員、専門家や町村議会・町村長の代表が参加し、公募の賛否両論の住民参加による部会の設置というかつてない多様な構成によって活発な議論と検討が重ねられ、民主的な公聴会も開かれてきました。

 会議はすべて公開され、傍聴者にも資料が配布されるなど、このような全過程こそ、県政の政策決定における民主主義のプロセスとして行政のあり方の新しい段階を切り開いたものです。このような議論をつくして、世論と運動の力によって、浅川と砥川はダムによらない治水利水の「答申」をだしました。

 その後、ダムが予定されていた九河川すべてで中止されて、住民参加の協議をふまえ河川改修と利水対策がはじまりました。

■ あくまでダムに固執して知事不信任

 六月県会開会日に田中知事は提案説明の中で、「答申を尊重し、その趣旨をふまえ、浅川および砥川の治水・利水対策を実施してまいりたい」とのべました。

 これにたいして議会の旧与党勢力は、「ダム中止を表明したのに代替案が具体的でなく無責任だ」「国からの補助金をかえさなくてはならない」という大合唱で攻撃をしてきました。

 こうしたなかで、日本共産党は、全国で70をこえるダム建設の計画が中止になっていますが、中止を決めたときには、全国どこでも詳細な代替案がないことを独自の調査・研究によって、明らかにしてきました。

 中止を決めた後に実情にあわせて必要な時間をかけて、具体的な検討に入るのは全国どこでも同じ手順です。全国でダム中止になったところで補助金を返還したところは一つもありません。

 しかし、ダム問題で知事が答弁をはじめて、わずか1分45秒たったところ、激しいヤジと怒号のなかで、議長はこれを制止するどころか、「やめさせろ」などという罵声を受けて一方的に休憩宣言をして知事の答弁のマイクを切ってしまったのです。そして旧オール与党勢力はいっせいに本会議場から退席してしまいました。

 2002年6月27日、長野県の議会制民主主義の上でもっとも恥ずべき歴史に残る「答弁中断事件」がおきたのです。

 そしてついに七月五日、知事不信任案が可決、九月一日投票の知事選挙となりました。この選挙で日本共産党は、理不尽な不信任を許さず、県民本位の改革を訴え、知事再選のために奮闘しました。

 選挙の結果は、ダムに固執して不信任を強行した、「あの吉村県政の時代が懐かしい」と利権県政復活をねらった勢力にきびしい審判を下しました。

 選挙直後の九月県議会で田中知事は「県政をいかにとらえるかの最大争点でもありました『脱ダム宣言』が意味するところは、コンクリートを用いてのダム建設の是非や環境問題にとどまりません。『福祉医療・教育・環境』分野への傾注投資によって、それらの分野における新たな雇用の創出を図り、ひいては長野県の経済や社会の活性化を図っていこうという意思表示でもあるのです。」とのべています。

■ 「財政改革プログラム」(案)を発表

 長年にわたる大型公共投資優先の県政の結果、全国ワースト二位という県の財政は、借金が1兆6千億円を超えて、「財政再建団体への転落」寸前になりました。県の財政再建は緊急の課題でした。

 この借金の九割は公共事業によるもので、八割はゼネコン奉仕の大型事業が作り出したものです。

 日本共産党は、吉村県政の時代から、ムダな大型公共事業から、生活密着型の身近な公共事業への転換を一貫して主張してきました。

 12月2日長野県は「財政改革推進プログラム」(案)を発表しました。

 このなかには「これまでのように県債に依存して公共事業等を実施するのではなく中長期的な展望にたって借金に過度に頼ることのない財政運営を行っていくこと」「今後は従来の大型公共事業を中心に景気・雇用を維持するのではなく、身近な社会資本整備に重点を置くとともに、福祉・医療・環境・教育・産業・雇用などの県民の目線に立ってきめ細やかな施策を展開することにより活力ある長野県を創造します」として、公共事業40%、県単独事業50%削減とともに、新たな300億円の長野モデル創造枠予算を提示しました。

 日本共産党長野県委員会は、翌年1月8日「県民本位の財政改革」の提言を発表しました。

 その中で今日の財政危機をもたらした原因について、次のようにのべています。

 「この事態をまねいた根本的な原因は、自民党政府が本来地方自治体に保障すべき財源を保障してこなかったことと、地方自治体の財政を大型公共事業に誘導してきた国の地方財政のあり方にあります。そして、前県政と旧オール与党勢力が、この国の方針に追随して、大型開発、大型公共事業優先の県政をすすめてきた結果、ばく大な借金をつくりました。さらにこれに追い討ちをかけたのが、小泉内閣の失政による不況で、県の財政収入の大きな柱である法人事業税の大幅な減収です」

 日本共産党は、長野県が打ち出した「財政改革プログラム」について、県の財政再建は避けてとおることのできないものであり、「県民の願いに応える改革の方向を大局的に支持する」ことを表明しました。

 とりわけ、公共事業の思い切った見直しについて、出直し知事選での選択で「ダムなど公共事業のあり方」を重視した世論が七六%であったようにこれは県民の意思です。

 税金の使い方が、大型公共事業に偏重して国民のくらしや福祉・医療・教育が後回しにされてきていることを転換することは、国政でも地方政治でも最大の課題です。

 この課題に正面からいどんで、改革をすすめようとしているところは、全国的にみても長野県政をおいてありません。それだけに様々な抵抗も強いものがありますが、県民みんなの力でぜひ成功させましょう。

2003年度

 県職員の人件費をめぐっては、年を越えた議論になりましたが、関係者のみなさんの大変な努力とご苦労の結果妥結にいたることができました。

 日本共産党は、「財政改革の提言」のなかで、県職員の人件費問題は、今回のような特別の財政困難のなかでの財政再建という、「県民共同のいとなみのなかで位置づけられなければならない課題」であること。県政改革は県職員の協力があってはじめて実現できるものであるという視点を県当局にも求め、労使双方が互いに力を合わせられるような真剣な話し合いをのぞむ見解を表明しました。

■ 雇用と仕事をふやす

 きびしい財政状況のなかでも県民要求に応える努力がありました。

 2万人の常勤雇用と110万人日(にんにち)の短期雇用の創出をめざす、「産業活性化・雇用創出プラン」が提案され、これについての日本共産党議員の質問にたいして田中知事は、「事業費一億円で雇用できる労働者数というものは、例えば下水道や道路は1300人日程度」だが「造林は4100人日、間伐等は 5300人日」と数値をあげて、「福祉・医療、環境、教育分野への投資はこのように従来型の公共事業に勝る経済効果がある」と指摘しました。

 その他、この年の主な施策を見ますと。 

・30人規模学級は三年生まで県の責任ですすめ、四年生以上は市町村の協力を得てすすめることになり、実質四年生まで実現することになりました。

・長野県独自の規格による1.5車線道路についても、南牧村で試行し、北相木村、豊丘村、八坂村ですすめさらに安曇の各村に拡大しました。

・子育て支援センターへの県の援助を25ヶ所から36ヶ所にふやしました。

・ADHDの児童に対する特別指導が必要な小中学校へ支援加配教員の配置が実現しました。

・建設業者が農業分野に進出する場合の利子補給制度ができました。

・子ども専用の相談体制・チャイルドラインが創設されました。

・小規模業者の仕事確保のために、入札参加資格が下位のD・E級といった元請にはなかなかなれない業者に参加希望型競争入札制度を導入して、この年だけで200件の発注に拡大し、2004年度には318件にのぼっています。

・地元の小規模業者に多く仕事を発注できる高等学校校舎等緊急維持修繕事業が64校95ヶ所で実施され、また佐久技術専門学校など県有15ヶ施設を対象にした小規模修繕も実施されました。

・ヤミ金融に利用される疑いのある口座の閉鎖を金融機関に求めるなど、長野県のヤミ金対策は全国にも影響を与えています。

■ 同和事業の打ち切り

 「部落解放同盟」言いなりに長年にわたり長野県の財政、教育をゆがめ、利権政治の温床であった、不公正な同和行政の打ち切りは、県政改革の大きな成果でした。

 この問題では、日本共産党が県政でも市町村でも、どうしても解決しなければならない課題として、体をはって追求してきました。

 「解同」は激しい抵抗をして、田中知事との交渉には百数十人が参加して「激しい怒号が飛び交い、一時騒然」(信濃毎日)というなかで行われましたが、田中知事が一歩も引かなかったことは評価されるべきことです。

2004年度

 主な施策は、

・障害の種別を問わない総合的な障害者施策を推進するために、身体、知的、精神の三障害すべてに対応できる総合支援センターが県内十圏域に設置されて、全体として自立生活を支援するためのきめ細かい施策の充実がはかられました。

・小児初期救急医療体制の整備。県立子ども病院の第五病棟の開設

・LD・HD児への対応強化

・養護学校のなかで唯一高等部のなかった若槻養護学校に高等部の設置

・若者のための就業サポートセンター(ジョブカフェ信州)は、全国的には各県が民間まる投げ委託が多いなかで、長野県では行政が責任を負う体制をとり、国基準を上回る設置をすすめました。

・ローカルルールによる1.5車線道路の整備拡大

・ 歩行者主役型の道路リメイク事業

・ 宅幼老所の数は、全県でひとけたの数しかない県もいくつかあるなかで、長野県は県単独の開設支援補助金を出してきた結果、2004年度末には250ヶ所とダントツの数になっています。

2005年度

 当初予算に盛られた主な施策をみますと

・30人規模学級を全額県費負担で小学校四年生まで前進させ、市町村との協力で実質五年生までとなり、小学校全学年での実現も可能となりました。

・いじめ・体罰・不登校の子どもたちを支える「子どもの権利支援システム構築事業」

・養護学校高等部の「20歳未満」という年齢制限が撤廃され「だれでも訪問教育推進事業」

・養護学校で医療的ケアを必要とする子のために看護師を常時配置する「医療的ケア看護師配置事業」

・宅幼老所への一時宿泊の経費を助成する「コモンズハウス支援事業」

・長野市湯谷小学校東交差点や佐久市平賀に信号機の設置など住民の身近で切実な要望の実現もすすみました。

・ ごみの減量化を進める市町村を支援する「廃棄物減量化・資源化を進める市町村との協働事業」

・ 全国的に河川改修の予算が削られているなかで、ダムに替わる流域住民の安全のために、長野市の浅川の改修予算として、今年度県単独事業費6億2000万円、国庫補助と合わせて8億2000万円が計上されました。

  このことは、地元業者の仕事が増える事業です。

  ところが、長野市の鷲沢市長は、「県の単独予算が浅川に突出しているように見受けられ、この状態はけっして良いとは言えない」と浅川に多くの予算をつけたことに不満を表明しあくまでダムに固執して、長野市民の安全のための施策にケチをつけるという異様な姿をしめしました。

■ 県の財政はどうなったか

 長野県の新年度予算でみますと、90年代には1兆円だった予算規模は、2005年度当初予算は8531億円となっています。

 90年代のピーク時には予算総額が1兆円を超えていても、社会保障には1200億円だったものが、今日の緊縮予算のなかでも1336億円と増えて予算全体にしめる比重は大きくなっています。公共事業は4800億円だったものが1564億円と社会保障を重視する方向が前進しています。

 前県政の下で長い間土木費がトップでしたが、2001年度から教育費がトップとなっています。(2005年度当初予算に占める割合は、教育費23.0%、土木費14.2%、民生費8.8%、農林水産費5.4%)

 借金はどうなったでしょうか。

 前県政時代、ゼネコン中心の大型公共事業に税金が優先的につぎ込まれ、その結果、年間予算規模は1兆円に達し、借金の残高は1兆6000億円にふくれ上がり、毎日利息だけでも1億5000万円という深刻な財政危機を生み出しました。

 財政改革推進プログラムにもとずくこれまでの努力の結果、借金総額を減らした全国唯一の県となり、利息の支払いは一日1億1000万円になって、財政改革が大きく前進しました。

 県債残高は1兆6000億円台から1兆5000億円台まで三年連続減少しました。

 なかでも土木・農林などの公共事業によりできる借金である「普通債」は公共事業のなかにあるムダを見直して、五年連続減少しています。

■ 三位一体改革に関する緊急提言

 2003年6月5日、田中知事は「三位一体改革に関する緊急提言」を発表しました。

 この提言は、政府のすすめている三位一体改革について次のような評価を下しています。

 「三位一体の改革では……中央集権的な税財政システムを地方分権の視点で根本から改めることこそ重要です。にもかかわらず、中央政府においては、地方財政の縮小を主眼に地方税財政基盤の強化とまったく異なる方向での議論が行われています。」

 「これでは改革の名の下に、中央政府の財政破綻の責任を地方政府に一方的に押し付けようとしているものといわざるをえません。」

 「また、地域経済を強固にしなければ、国民経済はなりたちません。」

 「地方政府の財政基盤を破壊させるかのような制度改悪は地方政府そのものを揺るがせるものです。」

 さらに「地方債で事業を実施し、後年度その元利償還金の一部を交付税で補てんする仕組みが、中央政府の景気対策に利用されてきたこととも相まって、必要以上にハコモノ行政や公共事業を助長し、事業の効果的・効率的な実施を損なってきた面があることも否定できません。」

 ときびしく批判した上で、「地方分権推進の観点から地方政府への税源移譲の実現を基本に据えて、国庫補助負担金、地方交付税を一体で改革することこそ本来の三位一体の改革であると考えます」とのべています。

 これは、地方自治を守る上では当然の見解であり、私たちとまったく一致するものです。

■ 市町村合併の押し付けはせず自立支援

 全国の都道府県が、市町村合併の押し付けの先頭に立っているなかで、長野県政は唯一と言っていいほど、合併の旗振りはせず、自律する自治体への支援を打ち出しています。

 このことは、長野県政の民主的な側面として評価できるものです。

■ 地元の建設業者の仕事がふえる生活密着型の身近な公共事業の前進

 日本共産党県議団は県下の建設業の団体や建設業者個人との懇談を重ねてきましたが、この中で多くのみなさんが、前県政の進めてきた大手ゼネコン優遇の大型公共事業中心のやり方では、県内の業者は潤わないことと、こういうやり方が県の財政破綻をもたらし、公共事業を削減せざるを得ない事態をもたらしたこと、そして、国の段階でも地方の公共事業を削減して、大都市部の巨大開発にシフトしてきていることなどこもごも語っていました。

 日本共産党と県議団は、この間二度にわたって、「建設業者の経営と雇用を守る」提言を発表してきました。

 その提言の柱であった、「ムダな大型公共事業優先から、地元の建設業者の仕事がふえる、生活密着型の公共事業へ切り替える」ということは今日長野県政のおおきな方向となってきています。

 試行錯誤もありましたが適正な入札制度への改善の努力、「地域要件」「地域貢献度」を考慮した入札業者の選定、小規模業者の仕事確保のための「参加希望型競争入札制度がすすみました。

 利権県政復活をねらう勢力の思惑を乗り越えて、県下の建設業者の間に、このような県政の方向がすすむことに期待の声が起きています。

 このように、長野県政は、この五年間に県民本位の方向で画期的な前進があります。

 県民の共同と日本共産党が力を合わせて、政治を大きく動かしてきました。

県政をめぐるいくつかの課題

■ 県政のかかえている弱点

 県職員の仕事上の必要経費や飲食費を、知事の個人後援会である「しなやか会」が負担した問題は「公私のけじめ」のない問題として批判をうけてもしかたないものです。

 日本共産党はかねてより知事に対して、県職員を県政改革のパートナーとしてお互いに協力しあってほしいと申し入れてきました。しかし残念なことに、「県政改革のためによかれ」と直言した職員に報復的ととられかねない人事が行われたことや、任期付き職員の処遇など、該当する職員の人生やくらしにあまりにも配慮がないものです。

 このようなやり方は、県のトップと県職員の間の信頼関係を阻害し、県民のためにがんばろうという職員の意欲や創意の発揮に障害になってしまいます。

 山口村の越県合併の問題についても、最終的には解決しましたが、住民の意思を無視して、山口村の人たちに大きな不安を与えるようなことを続けたことは、住民自治の尊重という観点からみて、県民から納得されるものではありませんでした。

 ことさらに県議会との対立をあおっているのではと思われるような配慮のない言動が見られて、県政改革や県民要求実現とは何のかかわりもないような問題で県議会の紛糾を知事の側からつくり出しているようなこともいくつかありました。

 このような県政の弱点を放置すれば今日まで積み上げてきた、県政改革の成果をだいなしにしかねません。日本共産党は、県民の利益のため、また県民への責任から、そのつど、申し入れや議会での質問を通じて、県民の目線から言うべきことをはっきり主張してきました。

 改革をおしすすめるために、克服すべき課題として真摯な努力を期待するものです。

■ 国による地方政治への攻撃

 全国の地方自治体が2004年度予算編成の最中に、政府は地方交付税と財政対策債の大幅な削減をうちだしました。このために、全国知事会の調査で一県当たり約600億円と言われるような財源不足が発生しました。

 長野県は財政改革をしてこなかったら、670億円もの財源不足が生じるところでしたが、それでも370億円の財源不足となりました。

 今年度予算でもさらに地方交付税が74億円削減されました。

 このような自民・公明政権の悪政こそが、県民要求実現を阻んでいる最大の原因になっています。 

 長野県政は全国的にみれば、国いいなりにならない独自性を発揮してがんばってきています。しかし、政府の締め付けの下でやむをえないものもありますが、独自の判断も可能なものでも、部分的にはこのような国の押し付けや「規制緩和・民営化」や「市場化」をすすめる新自由主義のイデオロギーに屈して、県民の利益を守りきれない面もあります。

 このことは、「高校改革プラン」の推進などに端的に現れています。

 日本共産党は、高校改革については、統廃合や特色ある学校を競わせるやり方ではなく、「地域に開かれた学校づくりを長野県の教育改革の柱に」という提言を発表してきました。

 いま「開かれた学校をめざす」県下各地の高校の独自の取り組みや「地域高校を守る」県民の運動が広がっています。このような方向こそ、長野県の高校教育の未来を切り開くものです。

■ 利権県政の復活をねらう勢力とマスコミ

 この五年間、県議会では県民の暮らしや県政のあるべき方向についての本質的な議論ではなく、瑣末(さまつ)なことを取り上げた長時間の質問や本会議や委員会審議をストップさせるようなことが毎議会ごとにくり返されてきています。

 県政に「混乱」と「混迷」をつくりだして、一部マスコミを使って世論誘導をおこなうなど、出直し選挙で失敗した勢力は巧妙に世論誘導を進めています。

 議会が始まると、「悪だくみ朝食会」と揶揄(やゆ)されている、利権県政の復活をねらう勢力の各会派の代表が毎朝のようにあつまって打ち合わせを行い、「信州モデル創造枠予算」について一委員会で一つは否決しようなどとおよそ県民要求とかけ離れたところで、難癖をつけて妨害し、それをマスコミがこれらの勢力の言い分にそった報道を大々的に行ってきました。

 その上、国道の改修が進まないのも、市町村道の改修が進まないのも「田中知事のせいだ」という話がまことしやかにながされて、すっかり信じている人もいます。

 このために県民の間に、何かいつもゴタゴタしていて、県政が混迷しているのではと思いこんでいる人が増えてきています。

 しかし事実は、この文書の前半でふれたとおり、この五年間県政改革は着実に前進をしてきており、県民の利益をまもる具体的な施策も進んできています。

 利権政治の復活をねらい、県政に混乱を持ち込もうとしている勢力の妨害策動をきちんと見据えて、改革の大きな流れを見失ってはなりません。

いま求められているもの

 私たちの県政にのぞむスタンスは、「知事より」か「反知事」かというような知事との距離を問題にして、様々なことに対応するのではなく、県政をめぐる複雑な諸側面をよくとらえて、そのような条件のもとで、県民本位の県政改革をいかに追求するかということです。

 どんなに知事が変わっても、「知事におまかせ」「知事頼み」では県政は変わりません。

 自分たちの要求が通らなかった時に「あんな知事はだめ」と言っているだけでは、利権県政の復活をたくらむ勢力と同じになってしまいます。

 日本共産党は、田中県政発足の時から、県政を変え動かしていくのは組織の力やお金や権力ではなく、県民の世論の力であることを強調してきました。

 長年にわたってがんばり続けてきた要求実現のための運動があったからこそ、その実現を阻んできた県政を変えたいという県民の強い願いになり、2000年と2002年の知事選の結果を生み出したのです。

県政改革の県民的共同の広がりを

 いま憲法改悪に反対して九条を守れという一点での共同は、長野県下に百数十ヶ所の「九条の会」結成や準備会となって史上空前の広がりを見せようとしています。長野県民の平和を願うエネルギーはたいへんなものです。

 「平和と民主主義を守る」この運動が勝利すれば、21世紀の日本の未来に明るい展望が開けてくることでしょう。

 よく「住民こそ主人公」と言われますが、このことは、「ご主人様のために働け」ということでも、「県民は大事なお客様」という意味でもありません。

 「こんなこともやられていない、だからあんな知事はだめだ」と言っていないで、意見や要望があったら、県政に向かった積極的な意思表示や解決を求める運動が必要です。

 乳幼児医療費窓口無料化について、お母さんたちの粘り強い運動と日本共産党県議団の今年三月の代表質問での追及に知事は、不十分さを認め、窓口無料化をすすめる決意をのべました。しかし、市町村長などから、「市町村との協議なしには進めるな」とブレーキがかかり、これを受けて、担当職員のなかにも、「窓口無料化をすすめればペナルティーを課す」という政府の締め付けのもとで動揺も起きています。この問題に関していえば、市町村に向けた運動が必要です。

 暮らしの問題、福祉や教育の課題、環境、経済など県民の広い要求実現のための共同した取り組みが求められています。

 こうしてこそ、県政改革を妨害している勢力の正体も県政の弱点や克服の方向も見えてくるでしょう。

 長野県民の間には、主権者意識・人権感覚・環境への敏感さなどが大きくひろがっていて、県政改革をささえるエネルギーは十分にあります。

県民的な対話をひろげ、県政改革の流れをさらに前進させよう

 五月中旬に開かれたある集会で、自民党の衆議院議員が「公共事業の平均落札率は全国の平均は94%だが長野県は84%だ。いかに早く『普通の県』なみの 94%にもっていくか」といい、自民党県議団の幹事長は「六月県会で百条委員会をつくる。長野県の『夜明け』も近い」と利権県政復活勢力の思いをあけすけに語っています。

 県内の有力地方紙が全国紙の記者の間からさえ、「あの新聞は(田中県政と対決している)当事者ですから」といわれるほど、利権県政復活勢力と結託し、県政の実態をゆがめて報道する姿勢に終始しています。

 マスコミの報道をみて、県政の姿がよく分からなくなっている人もいます。風評に惑わされず、長野県政の改革の流れや姿をきちんと語っていく草の根からの対話や討論が必要です。

 真実は一つであり、真理が県民の心をとらえるなら巨大な流れになり、逆流を押しもどす力になります。

 日本共産党県議団が県下各地で開いている「県政報告会」は好評です。さらに全県どこへでもでかけます。

 「しんぶん赤旗」や「民主長野」は県政をめぐる問題を深くつかむ力になっています。民主的なマスコミの陣地をさらに広げましょう。

 県民のみなさん、

 力を合わせて、利権県政の復活を許さず「県民のための県政改革」の流れをさらに前進させましょう。

 日本共産党は、「県民が主人公」を貫き、県民の利益への奉仕を最優先の課題としてきました。この立場であらゆる努力をつくす決意です。

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